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2005バイロイト音楽祭に行く」  大山千恵子

14年 も待ったバイロイト音楽祭のチケットが当たった!今年のバイロイト音楽祭は7月25日に始まり、ワーグナーのオペラ5演目が、ほぼ6回繰り返されて、8月28日まで上演される。
 私のチケットは8月1日「ローエングリン」、2日「さまよえるオランダ人」、3日「タンホイザー」の3演目6席。今年日本人指揮者として初登場の大植英次の「トリスタンとイゾルデ」は、申し込んだが取れなかった。

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バイロイトへの想い 
 
1985年頃衛星放送された、P・ホフマンがジークムントを歌う「ワルキューレ」のビデオを見せてもらったのがきっかけでワーグナーに、はまった。ホフマンのなんとハンサムなこと。若くて金髪、スラリとして、テノールのオペラ歌手の概念を打ち破られる。すっかりファンになって以来、バイロイトでホフマンをみたい!が夢になる。
  中学英語を駆使して「ホフマンの公演をみたい」とバイロイト歌劇場に手紙を出したら、代わりにバイロイト音楽祭のチケット申込書が送られてきた。ビデオを撮って見せてくれたOさんと、頭をつき合わせて申込書を書いた。翌年1月頃「すみません。席をお取りできませんでした」と封書が届く。これが10回くらい(出さなかった年もあるので、年数で言うと14年位)続いた。
  中学生だった娘は結婚し、私には孫ができていた。そのうち、娘婿氏の仕事で娘一家がドイツに赴任した。一時帰国した娘と孫に付いて、初めてドイツに行った。「バイロイト音楽祭のチケットは、取るのに7〜8年かかる」と読んだ事があったので、ここまで待って取れないのでは、もう私には縁がないのだと考え、婿氏に頼んで、バイロイト歌劇場まで連れて行ってもらった。歌劇場内ツアーがあり、劇場の中に入ることができた。舞台の下にあるオケピット、指揮台をみる。孫を指揮台に座らせて写真を撮る。これをHPに載せてもらった。
(
2004年 ドイツ・オーストリア旅行参照)

申し込む 
 
毎年、音楽祭が終わった9月、翌年の音楽祭の申込書が届く。一昨年はこれが来なかった。文句を書いて送ると、「申し訳ありません。財政縮小のため、お送りできませんでした。(多分、そう書いてあるのだと思うが、ドイツ語のためはっきりしない)」と返事がきたが、昨年は申込書が送られてきた。もちろん、書きこんで送った。備考欄があり、それまで気にも留めなかったが、昨年はそこに書きこんだ。「今年の春、バイロイトに行った。HPに載せたので、見て欲しい。(バイロイト音楽祭チケットの取り方参照

 娘一家が、今、ドイツに住んでいるので、この機会にぜひ行きたい。」申し込む席も、遠慮が必要と考え、真ん中から隅っこにした。何が利いたか解らないが、とにかくその年2004年12月20日「O.K. チケットが取れたので支払いをどうしますか?また、宿の予約はどうしますか?」という封書が届いた。

 黙っていてはだめなのだ。熱い思いは伝わらない。                
15年も待っていたので、熱もじょじょにひいて日常となり、ホフマンもオペラ界から消え、今ではHPでしかお目にかかれない。しかし、とにかく当たったのだ。私は1人でドイツ入りし、娘一家に迎に来てもらって8月1日バイロイト入りし、3公演6席を3人で分けて見た。2人で見て、1人は孫と宿で留守番である

バイロイト音楽祭のチケットの取り方についてはここをクリックして下さい。

8月1日
「ローエングリン」暑かった。2回の休憩とも売店で飲み物を買って飲んだ。なんだ、これは!華やかな結婚式のシーンはどこへいった?白鳥にひかれて出てくるはずのローエングリンは、吊り下げられた立方体の箱の中で出口を失ってパントマイムをしている。おまけに、ラストの、白鳥にのってローエングリーンが去っていくシーンでは白鳥は剥製にされて舞台上に置かれ、ローエングリンは池に飛び込んだ。主演のP.ザイフェルトは声がよく張る。だけどな・・・セクシーじゃないだよな・・・。なお、カーテンコールで、プロンプターの手が穴から出てザイフェルトと握手してたのは愛嬌でした。

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8月2日
「さまよえるオランダ人」これも幽霊船が出てこない。階段によって左下から右上にわけられた、上下対称の部屋の中で、話は進む。部屋の壁紙ばかりが目に付く。舞台上部から、船長服を着た骸骨が(舞台の表面積の5分の1はあろうかと思われる馬鹿でかいもの)逆さ釣りになって下りてきて、ヒロインの分身らしき女の子の手をつかんで吊り上げ、上に消えた時、エンタテイメントとしてはそうなんだろうけど、宗教のようになってしまっているワグネリアンとして、バイロイトまで来て、これはないだろうと思わずにはいられなかった。なお、この日、ソロ歌手とコーラスの人たちのカーテンコールの後で、オケの人たちが、楽器を持ってカーテンコールに上がった。(オケは観客から見えない上、冷房がなく暑いため、皆、Tシャツとパンツ姿だ)ウオーという歓声とスゴイ拍手。隣に座ってたおじさんは、演出家が上がったときは拍手しなかったけど、この時は拍手!!

8月3日
「タンホイザー」ドイツ期待の指揮者ティーレマン登場。おまけにタンホイザーのステファン・グールドは私の見た3演目の中では最もカッコよい主役だった。ホフマンの後は、グールドでいくか!しかし、この舞台、かってのトンネルリングの再利用かと思わせた。最後の「ローマ語り」のシーンで隣のお兄さんがうつむいていた。「こんないい所で寝て!」つついてやろうかと思ったが隣には知的できれいな彼女がついている。私の出る番ではないか。終演後、一緒に見ていた娘が言った。「隣のお兄さん、泣いてたね。」 めがね、はずしてたもんナぁ。つつかんでよかった。カーテンコールは3日の中ではこの日が1番盛り上がった。歌劇場の床が木製のため、拍手の他にみんなが靴で床をドンドンとやる。ブラボーだ。地響きがする。(ちなみに私は157センチ。少しヒールのある靴を履いてましたが、足はぴったりと床にはつかず、ぶらぶら状態でした。)

魅力
バイロイトはすばらしい!かって、名古屋の芸文センターでルネ・コロがローエングリンを歌ったドイツ・ライン・オペラを聞き、結構前のほうの平土間席だったが舞台には遠く、欲求不満になった。オペラによって満たされているという充実感には程遠かった。今回のバイロイトは舞台装置、演出(もっと繰り返してみないと解らない)には「?」だったが、オケもソロ歌手も合唱団もすばらしかった。歌劇場と一体となって私たちを包みこんだ。漆黒の宇宙から命が生まれてくるように『ローエングリン』は始まった。声は波動となって心を揺らした。

私の座ったすぐ後に、手にした杖も震えているように見える100歳ぐらい(まさか)のお婆様が倒れそうになりながらも席につかれた。途中で運び出された様子も無かったから、ちゃんと最後まで楽しまれたのだろう。(オペラの始まる前、観客が席につくと、左右のドアがガタンガタンと閉められ中からガチャガチャとドア係の若く美しい娘さんたち(なんと日本人がいた)が鍵をかける)だから、途中で出るのは、難しいと思う)

バイロイト音楽祭に行った!これで充分だと思って帰国したが、この婆さんを思い出すともう1度、こんどは今年上演されなかった「リング」4公演を申し込んでみるかという気になった。また、15年かかると私は70歳だ。生きていられるだろうか?

注:バイロイト音楽祭はドイツ中東部の地方都市バイロイトで毎年夏に、ワーグナーのオペラを、そのためだけに作ったバイロイト歌劇場で上演するものです。席数が少ないため(1925席)チケットの入手はきわめて困難とされています。

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上の写真は休憩時の風景です。歌劇場向かって右手です。ちゃんとしたレストランと、学食のようなレストラン、立ち食いの、焼きソーセージをはさんだブレッツェルや飲み物を売ってる売店があります。

その後
2005年にはお休みだった「リング」4部作は、2006年に新プロダクションが始まりました。2006、
2007年と「リング」だけ申し込みましたが、とれませんでした。2007年1月11日、「お取りできませんでした」の封書が届きました。

2007年9月1日、来年の音楽祭の申込書が送られてきました。